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遙かなるヌシ
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翌日、老人が現れたのは、随分日も高くなり、昼も近くなってからであった。
『お若いの、どうじゃったな。その顔つきでは、今朝もダメじゃったようじゃの。』
疲れて精彩のない竜也の顔に、老人は釣果を言い当てると、そのまま横を通り過ぎて下流の水辺に降り立った。そこは、先日来、老人が立っているのを見かけた所であった。
 老人は、ゆっくりと竿袋から道具を取り出すと、何やら白い物を針に付けてポトンと川目がけて投げ込んだ。
 いい加減、嫌気の指した竜也が珍しげに覗きにいくと、10b程沖にユラユラと棒ウキが揺れていた。
 2本目の用意をしている老人の仕掛けを見て、
『遊導ウキですか。』と、竜也は尋ねた。ウキ釣りをする老人は、竜也の住む名古屋にも多いが、リ−ルを使って行う遊導ウキの仕掛けは珍しい。
 『ああ、そうじゃよ。やはりリ−ルを使わんと、大物は中々釣れん。』
老人は、竜也の問に答えながら、手慣れた作業で仕掛けを作っていく。
 『オッ、来た!』
突然、短い言葉を発して、老人が竿を立てた。とても、今までの動きからは想像できない速さであった。
 『エッ、もう、来たのですか。』
大きくしなる竿に、竜也は呆気にとられた。まさか、まだ今し方、投げ込んだばかりなのに、もう鯉が掛かるなんて。自分は、3日も竿を出しても、只の1回も釣れなかったのに。
 『どうですか、大きそうですね。4`以上はありそうですか。』
大きく竿が曲がったまま、中々姿を現さない獲物に、竜也は声を弾ませて尋ねた。』
 『そうじゃな、6`位はあるじゃろ。』
老人は、興奮して聞く竜也に、落ち着いて答えた。老人の目は鋭く水中に注がれ、獲物をあしらう竿捌きにはみじんの隙も見られなかった。仕掛けを結んでいる時と同じ様に、胡座をかいたまま竿尻を腹に当て、左手で竿をスックと立て、獲物の動きを読んでリ−ルを巻く。
 『ザバッ』
水面に大きな波紋が広がった。何時の間にか、老人の竿捌きに、獲物が引き寄せられている。老人が脇にあったタモを静かに差し出すと、獲物は観念したように納まった。
 『あまり大きくないな。』
老人はポツリと言った。
 獲物は、良く肥えた雌の野鯉であった。
『すごい、すごいですねえ。6`はありますよ、これは…。』
 竜也は、目の前に鈍く黄金色を発して横たわっている魚体に目を奪われて、同じ言葉を繰り返した。
老人は、獲物を袋にしまうと、何やら小さな白いものを針にさして、同じ所へ投げ込んだ。
 『今の白いエサは何ですか。』
竜也は、不思議そうに尋ねた。
 『おじいちゃん。』
突然、後ろから若い女の声がした。

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