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遙かなるヌシ
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竜也が振り向くと、
 『ハイッ、お弁当。』
風呂敷包みを両手に、長い髪を後ろに束ねた若い娘が立っていた。
 『おお、鮎美か、いつも済まんな。』
老人は立ち上がると、娘の側の草の上に腰を下ろし、
 『お若いの、あんたも此方へ来て座らんか。あんたの分もこしらえてあるでの。』
と、竜也に声を掛けた。
 竜也は、咄嗟に声が出ず、その場に立ち竦んでいると、
『鮎美、お前が急に現れたんで、この人びっくりしてるようじゃな。お前、ちょっとそこ開けてやり。』
 竜也は、ようやく意を決すると、そそくさと老人の横に座った。
『それじゃ、お言葉に甘えまして、御馳走になります。』
『此の方なの、おじいちゃんの言っていた、名古屋からわざわざ鯉釣りに見えた人って。』
 娘は風呂敷包みをほどきながら、竜也を見た。一瞬目が逢い、竜也は慌てて目をそらして言った。
 『川上です。川上竜也と言います。春休みを利用して、フェリ−で3日前に着いたばかりです。でも、さっぱり釣れなくて、今、おじいさんの釣るのを見ていた所です。』
 『おお、そうか、まだ名前を言っておらなんだの。わしは御覧の通りのおいぼれで、山本木水という者じゃ。足を悪くしてからは、毎日この川に日向ぼっこに来るのが仕事での。晴釣雨読と言えば、聞こえは良いがの。これは、孫の鮎美と言う。この春、高校を出たばかりでの、家の仕事を手伝っている。小さな酒屋をやっておっての。昼にはこうして毎日わしの弁当を持って来てくれるわけじゃ。』
 老人はさも愛おしそうに、目を細めて娘を見詰めた。
『どうぞ。山本鮎美です。』
 娘は弁当を竜也に差し出して、にこりとした。
竜也は、差し出された弁当を受取る時、その白い指に触れて、慌てて手を引っ込めたが、 『あっ、どうもすいません。』と言ってもう一度手を差し出した。
『ホッホッホッ、どうじゃ孫の鮎美は…。こう言っては何じゃが、わしの自慢の一つでの。今の若い者に似ず、良くできた子での。それに美人ときている。』
『まあ、嫌だ、おじいちゃんたら……』
鮎美は慌てて顔を手で覆った。
『ホッホッホッ、まあいい。それより弁当を開けなさい。この弁当も、鮎美の手作りでの。若いに似ず、年寄にもちゃんと食べれるようになっておる。』
 木水の言葉に促され包みを開くと、2段重ねになった重箱の上には、野菜を中心にしたおかずが色鮮やかに盛り付けされ、銀紙で区分けされたワラビやモロコの佃煮はとても若い娘の作った弁当とは思えなかった。只、重箱の右上にたっぷり並んだイチゴのピンクがその片鱗を充分に匂わせてはいたが……
 この3日というものろくな食事にありついていなかった竜也にとっては、何よりの御馳走であった。
 『うまいですね、これは…… 久しぶりに、まともなものを食べたような気がします。』紙コップに注がれたお茶を飲みながら、竜也は素直に喜びを現した。
 『ところで、先程釣れたエサは何ですか。何だか白い小さな物を幾つか針に刺してみえたようですが。』
竜也は、一気にお茶を飲み干すと、先程聞き損ねた質問を、改めて木水に尋ねた。
 『まあ、おじいちゃん、もう釣れたの。』
木水が答える前に、横から鮎美が驚きの声を上げた。

続く