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遙かなるヌシ
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 『ええ、そうなんですよ。まだ鮎美さんが見えるほんの少し前に、6`はある大鯉を釣られましてね。
それも、仕掛けを入れて直ぐですよ。
僕なんか、3日もやってて全然なのに、ほんと、びっくりしました。』
竜也も、木水が答える前に、鮎美にむかって状況を話した。
 『あれ位では大鯉と呼ぶには恥ずかしいが、しかし、此処で鯉が釣れるという事を目の前で見て貰えたのは良かったな。』
木水は鮎美から竜也に目を移すと、言葉を繋いだ。
 『ところで、エサに興味があるようだが、あれは麦を炊いたものじゃよ。』
 『えっ、麦ですか。麦というと、米屋で売っているあの麦ですか。』
竜也は、すっとんきょうな声を出して、聞き直した。
 『そうじゃ、その麦じゃ。押し潰した平たい麦が売っておるじゃろ、それじゃ。
しかし、いきなりやみくもに使っても、そう簡単に釣れるもんでは無いわい。』
そう言うと、木水はコップを口に運んだ。
 『でも、さっきは第1投して、5分もたたないうちに来たじゃないですか。』
竜也が、けげんそうに尋ねた。
 『まあ、あれにはちゃんと訳があっての。
このポイントでは、去年の秋からずっと麦を蒔いておるでの。
ここの鯉は、皆わしの麦に慣れておる。
ほれ、昔から鯉の好物は芋と並んで麦と言われとるじゃろ。
大体、この辺りはジャミが多いから、ネリエサなんかじゃ鯉が来る前に取られてしまう。
その点、麦はジャミに強いでの。』
 『どれ、そろそろ始めるとしようかの。
川上君じゃったな、善ければもう少し側で見ていきなさい。』
湯飲み茶碗を下に置くと、木水はゆっくりと立ち上がった。
竜也もあわてて弁当の空箱を重ねて、鮎美に礼を言うと、そそくさと木水の後に続いた。
 釣り座に着くと、木水は胡座をかいて、仕掛けを手に取りながら、説明を始めた。
『これが、エサの麦じゃよ。
炊いてから、一晩、冷蔵庫の中に入れておくと、このように少し締まってべとつかず、針に指し易くなり、エサ持ちも良くなる。
これを一粒ずつ針一杯に差すだけじゃ。』
 『2本針なんですね』
竜也が口をはさんだ。
 『そうじゃ。
これは、吸い込み用の縒り糸の両端に結んで二つ折にしたものじゃが、この仕掛けの特徴は、ハリスの長さにある。』
木水は、仕掛けをかざして竜也に見せながら、
 『これこの通り、2本のハリスが同じ長さで、全長が指1本も無い程、短いじゃろ。
これが、こつじゃよ。
オモリは、この位の流れの無い所なら3号程度で充分じゃ。
ウキは、このように細長い遊導式の物を使い、木綿糸で道糸を縛りウキ止めとする。』
 『すると、仕掛けが流されませんか。』
竜也が疑問を口にした。
 『まあ、話は最後まで聞くものじゃ。
慌てる乞食は貰いが少ないと言ってな、何でも早とちりは失敗の元じゃよ。
このウキのオモリ負荷は2号じゃから、当然オモリが底に着いておる。
流れが速いところでは、もう少しオモリを重くする。
ウキの深さは、目盛りの刻んであるトップと、ボデイの間に来るようにする。
すると、鯉が来れば、ウキを消し込むか、ボデイが持ち上がるような大きなアタリが出る。
実は、このアタリが大きく出る事が、短いハリスの最大の利点なんじゃよ。
鯉のエサの食べ方は、地底にある物を吸い込むようにして採るから、少し前方に身体を傾けるようにして食べる。
エサを吸い込んだ後は、身体を水平に戻すから、その時にオモリが引っ張られるとウキが消し込み、おもりが持ち上がると食い上げのアタリとなる。
これが、ハリスが長いと、はっきり判らない。
同じ長さの2本針仕掛けの理由は、吸い込み仕掛けに掛かった魚を見ると判るが、口に掛かった以外の針が他の部分に掛かっている事を、良く見るじゃろう。
それと同じで、2本の針が掛かる事によって、細いハリスで大物をあげる事ができるのじゃ。』
 そう言うと、木水は、仕掛けを沖に投げ込んだ。同じ仕掛けを付けた揃いの竿を3組、足元に扇形に並べると、喋りながらも視線は絶えず水面のウキに注がれている。
 『ポイントの狙い方は、どうすれば良いのですか。』
少し落ち着いたところで、竜也が尋ねた。
 『それは、その時によって色々変わり、最も難しい問題じゃが、まずエサの多い所、そして安全な所、この二つを目安にして決めれば良いじゃろう。
他にも、暖かい所や酸素の多い所など色々あるが、その時期によって違うからのう。
このポイントでは今、遠くに2本、近くに1本と、投げ分けておるが、これは、昼間は警戒して、岸近くより遠くに魚がいる事が多いからじゃ。
これが、静かになる夕方から朝方なら、逆にエサの多い岸近くを重点に狙った方がいい。1日の内でも、ポイントが変わるということじゃ。』    
 『おや、そろそろ又、来たようだぞ。ほれ、沖の左の奴を見て御覧。』

続く