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遙かなるヌシ
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<第 3 話>
挑 戦
一年後の夕方、竜也は筑後川の畔に佇んでいた。
木水の一周忌に訪れた後、木水の弔い合戦を行うつもりで、木水が最後に大物を掛けたポイントに来ていたのである。
大物は、毎年同じ時期に同じところに遣って来るという習性を信じて、訪れたのであった。
筑後川は、梅雨の影響で平水より少し水を孕んでいたが、特に多いという程ではなかった。
このポイントは、筑後川に支流が合流しているところから100m程上流に入ったところで、川岸には柳の列が立ち並んでいる。
その上流で支流は大きくカーブして左へ折れ曲がり、絶好のポイントを形成しているように竜也には思えた。
その中に一箇所5m程の切れ目があり、竜也が底を探ると岸から緩やかに1m程の深さまで掛け下がり、その先で急に1m程落ち込み、10m沖で更に1m深くなり3m程の水深となっていた。
支流の色は、市街地から流れ込んでいる川の特有の濁りを見せ、本流の青さとは対照的であった。
時折、鯉らしきモジリが流心や少し下流に、波紋を見せた。さほど大型では無い様に竜也には見えた。
竜也は、木水から教わった麦を炊いたものをおもむろにそのポイントに蒔いて様子を見ることにした。
今回、竜也は木水が大物を掛けた時と同じ状況が来るのを待っていた。その時が来るまで粘るつもりで、大学の単位もこの一年で取れるだけ取って授業を調整してきたのである。
『竜也さん、本当にお爺様の敵を討つの?』
案内してきた鮎美が心配そうに声をかけた。
『うん。いや、敵討ちというよりも、先生ほどの方を引きずり込む程の奴が、一体どんな奴なのか確かめてみたいんだ。おそらく、筑後川のヌシのような奴だと思うんだけど、是非、この手でそれを確かめたいんだよ。』
竜也は、鮎美の心配を打ち消すように言葉を繋いだ。
『先生が亡くなって一年、初めは凄いショックで、野鯉釣りをやめたいとも思ったけれど、送って頂いた野鯉遊楽帳を読み返しているうちに、先生の意思を感じたんだ。先生の教えを受け継いで、それを更に広げてまた繋いでいく。それが先生の望みだと解ったんだよ。それから、今まで、教えを手本に実釣を重ねてきた。今年の春には、今までの最大の95cmで16kgもある大鯉を長良川で挙げることができたし、5月の連休には同じ長良川で3日間で30尾もの釣果も挙げる事ができた。その成果をここで試したいんだよ。まだまだ力不足だと思うけど、でも挑戦したいんだ。』
『解ったわ。竜也さんの思うようにされるといいわ。お爺様も、きっと喜ぶと思うの。私も応援します。以前のようにお弁当作って持ってきますから…。でも、余り無理をされないでね。』
そういうと、鮎美は自宅に戻っていった。
翌朝も、竜也は同じ様にコマセを入れた。しかし、竜也は様子を見ているだけで、一向に竿を出そうとしなかった。
実は、この一年間単位の取得だけでなく、木水から送られた野鯉遊楽帳を教科書に、実釣も重ねてきたのである。もちろん、僅か一年でその全てを理解することなど到底できはしなかったが、木水の掛けた大物のことについては、何度も何度もシュミレーションを重ねてきた。そして、得た結論が木水と同じ状況になるまで待つということであった。
チャンスは1回しかない。弱肉強食の掟の元、大物が最初に餌を採りに来る状況を準備して待つしかない。それまでは、忍耐強くコマセを重ねるだけにし、竿を出して他の小物を掛けてポイントを荒らしてはならないと心に決めていた。
竜也がコマセを始めて3日目にはそのポイントの上で、中小型の鯉のハネやモジリが多く見られるようになった。しかし、狙いの超大型の気配はまだ見られなかった。
そして、その夕方より待望の雨が降り始めた。それは雷雨を伴い丸一日半も続いた。梅雨末期に多く見られる纏まった降雨であった。そして、筑後川は一気に増水し、恐ろしいほどの勢いで河川敷を覆いつくしたのである。
流木がゴーゴーと音を立てて流れて行く。支流からは、大量の草の塊やゴミが本流へと吐き出されていく。こんな時、多くの魚は危険を避けて少しでも流れの緩い浅場や支流に非難して入ってくる。
竜也は、堤防に非難してその様子を注意深く観察していた。本流と支流では、まず流程の短い支流から流れが収まる。その時がチャンスである。本流は増水が続いていて、支流は流れが緩くなった時の状態。それを竜也は待っていた。
竜也が筑後川に遣ってきて6日目の朝、薄曇を掻き分けて静かに朝日が顔を見せ始めた時の事であった。小魚や中小型の野鯉がしきりにハネやモジリを見せる中、コマセをしていたポイントの上で巨大な波紋が広がった。それは、竜也が今まで経験した事の無い巨大な波紋であった。その波は、まるでボートが通過した時のようにザブンザブンと岸辺に押し寄せた。竜也の心臓は早鐘のように鼓動を打ち、そして言いようの無い身震いを感じた。
『奴だ…』
竜也は、思わず叫んでいた。